大聖寺城は石川県加賀市大聖寺にある加賀市指定史跡です。加越国境の交通を押えるために、中世に築かれ、戦国末期まで使用された城です。室町~戦国期の平山城としてはアクセスが容易で遺構の保存状態も良好ときいており、一度行ってみたいと思っていました。
今回、梅雨の大雨という悪天候をついて、城攻めしてきました。
大聖寺状の歴史
大聖寺城は加賀市立錦城小学校の背後にある丘陵地に築かれており大聖寺川を前にして防御ラインとしています。鎌倉時代に狩野氏によって築かれ素の居城となったようです。戦国時代には一向一揆の拠点ともなりました。
アクセス参考
大聖寺城址は加賀市や錦城城址保存会の皆さんのお力で順路や案内がよく整備されており、頭が下がります。
今回の訪問は車にて。国道8号線からカーナビを使い、登り口のある加賀市忠霊塔の横まで行きました。登り口の案内図の奥に駐車場がありますのでこちらに駐車します。
城攻め開始!
登り口にイラストマップの入ったスタンドがありますのでこちらを一部頂きイラストマップを基に城攻めにかかります。
登山口からすぐそばの右手は急峻な崖になってます。ここは攻めづらいなあと思ってみていると、下の説明書きの看板には「切岸(きりぎし)」との記載が。敵を寄せ付けないために人工的に崖を作っている個所で防御施設です。
さらに少し上ると道は右手に折れます。ここには「馬出曲輪」と呼ばれる平坦地があります。これは奥にある本丸を寄せ手から守ったり出撃したりする施設になります。ここからは平野部を見渡すことができました。
さらに登っていくと本丸に。本丸には一段高い櫓台が形状もよく残っています。ここから本丸北東虎口をとおり、馬洗い池へ。本丸下部で水を確保するために作られた人口の池です。下山路を一旦通り過ぎて奥の二の丸へ。二の丸は大きな面積を持ち生活の拠点となった場所と考えられます。二の丸から戻り下山路を降りていくと忠霊塔の裏にでます。今回、天候と時間の問題から短縮コースを選択しましたが、時間があれば鐘が丸や東丸なども訪問したいものです。
雑感
今回は小降りながら雨の日の訪問となり、足元は大変悪い状態でした。いずれにしてもトレッキングシューズ等で行かれるのがベターでしょう。
大聖寺城は中世山城の面影を残しつつ、戦国期に改修され使用された痕跡も残る面白い城でした。なにより保存状態が良好で非常に勉強になりました。